あっくんブログ Written by Akihiro Tsuji

新・人間革命第28巻の感想②

新人間革命 読書

こんにちは、あっくんです。日に日に寒くなってきましたね。先日、アルバイトの内々定をいただいてから、不採用になりました。内々定とは面接中での口頭の内定のことです。僕は内々定の返事を「1週間以内にします」と口頭で伝えるのとその日のうちにメールでも送っておきました。そして面接から5日後に働く意志を伝えたところ会社の経営の悪化のため、あなたの活躍の期待に添えないと連絡がきました。「えっ?!」とり、すごい落ち込みました。なんだか疲れてしまって、数日間寝込んでいました。

就活で自分の感情を数値にすると
現状(応募状態)を0、
採用を1、
不採用を−1とすると、
応募して不採用のパターンでは0から−1の絶対値が1に対して、今回は応募して採用から不採用で、1から−1で絶対値2の感情のダメージがありました。数値にすると自分でも納得感があります。JavaScriptで気持ちを表現すると以下のようになります。

let gennjou = 0; function saiyou() { let a = gennjou + 1; return a; } function fusaiyou() { let b = gennjou - 1; return b; } function zettaichi(a, b) { let c = Math.abs(a()) + Math.abs(b()); console.log(`${c}の感情的ダメージです。`); } zettaichi(saiyou, fusaiyou);
Code language: JavaScript (javascript)

引用と新人間革命第28巻の感想①

祈りの心は、人間を結ぶ。

エゴに走れば、相互不信を煽るが、同志のためにという勇敢な戦いは、団結の絆を、太く、強くする。

人々は、無知であるがゆえに騙され、支配され、人間としての権利をも剥奪されている。
社会改革がなされ、いかに優れた制度をつくりあげたとしても、それを運用していくのは人間である。したがって、人間の心の改革がなければ、制度は形骸化され、悪用されるという事態も起こりかねない。そうなれば、より良き社会を築くことも、人びとが幸せを享受することもできない。改革の理想は、藻屑のごとく、権力を得た者の欲望の海に飲み込まれ、消え去ってしまう。

日本は政治で権力を持った人たちは、天下りで自らの保身のために名ばかりの民間企業を作りそこに席を置いて報酬をいただいいるイメージはありますね。権力を持った人たちは志半ばで、権力や欲望に飲み込まれてしまうのかなと思います。ただ、彼らはリーダー職に登りつめるまでの努力や行いは、ストイックに自己管理はできていると思います。自分自身は志を持った時に行う努力や行動をしっかりやっていきたいです。

いつか、ではない。常に今の自分に何ができるのかを問い、なすべき事柄を見つけ、それを我が使命ときめて、果たし抜いていくのだ。そこに、人生を勝利する要諦もある。

今、この瞬間に生きる自分の想いからの行動を日々心がけています。

新しき時代・社会を建設ひ、革新していくにはその担い手である人間自身の精神の改革が不可欠である。人間の精神が活性化していってこそ、社会も活性かし、蘇生していくからだ。宗教は、その人間の精神のバックボーン(背骨)である。


思想、信念が本物であるかどうかは、晩年の生き方が証明するといえよう。

先日、文化版の任務で会館での会合に着任した時のことです。僕は、マイクのアルコール消毒の係で発表や挨拶をした人の後、除菌シートで拭いていました。少し、マイクから離れたところで目立たぬようにしていました。待機しながら、会合が始まった時70代の幹部の方が僕に小さな声で「ありがとう」と言ってくれました。そして、70代の幹部の方が挨拶をする前に僕はマイクの除菌をして待機場所に戻る時も「ありがとう」と声をかけていただきました。そして会合が終わる時も、「ありがとう」と声をかけていただきました。年を重ねても、謙虚に配慮ある行動にすごい感動しました。振る舞いからヲの人の生きてきた人生が素晴らしさをものがたるのではないかと感じました。

「人間とし生まれて、最高の幸せとはなにー人に法を説けることです。多くの人に仏法を語れる人こそが、果報者なんです。それに勝る幸福の実感はありません。だから私は、その歓喜を胸に、感謝の心で、命ある限り戦い続けます。どうかみなさんも、その自信と確信をもっていただきたい」

「広宣流布の活動の世界、舞台は、あくまでも現実の社会です。社会を離れて仏法はありません。したがって、私たちは、社会にあって断固、勝たなければならない。そのために、まず皆さん自身が、社会の誰が見ても立派だという、人格の人に育っていただきたいんです。誰からも慕われ、信頼される人間革命の確固たる実証のうえに、広宣流布の確かな前進もある。

宿命に勝つか、負けるかー人間の幸・不幸の鍵は、結局そこにかかっている。

実証なき言説は空しい。日蓮大聖人は、「道理証文よりも現症にはすぎず。」と、断固として仰せになっている。

自分の言葉に重みを持たせる実証(結果)は必要であると感じます。信仰をすすめるにしても、仕事をお願いするにしても、人を導くにしても自分の実証が一番わかりやすく、話も実体験からなのでしやすいです。

学会員が現実にどうなったかがすべてです。

自分がどうなったかがすべてです。自分がどう戦っていくか、どう進んでいくか、日々の弱い心に打ち勝っていくしかないです。

最も苦しく、大変ななかで信心に励んでいる人ほど、最も力を込めて激励し、元気づけていかねばならない。

学会のリーダーは、自分が偉いように錯覚し、会員の方々に横柄な態度で接したり、慇懃無礼な対応をしたりするようなことがあってはならない。健気に戦ってきた同志を、心から尊敬することができなくなれば、仏法者ではありません。

自分を客観的に見て行動する力は必要です。学会も社会も組織の中でリーダーになっていくと自分が偉くなったと錯覚もすると思います。こんなに頑張ったんだから良いよねと自分に甘くなっていった時に言動も変わって行くと思います。

読んでいただいてありがとうございます。

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